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CONCEPT
これからのかっこいいライフスタイルには「社会のための何か」が入っている。社会のために何かするってそんなに特別なことじゃない。働いてても、学生でも、主婦でも日常の中でちょっとした貢献ってできるはず。これからはそんな生き方がかっこいい。r-libではそんなライフスタイルの参考になるようなロールモデルをレポーターたちが紹介していきます。
# 032
YUKI SAITO
November 24, 2016

r-lib | r-lib編集部 × 斉藤 勇城 世界最大のシリア難民キャンプ ザータリ難民キャンプ取材レポ

GENRESArrow国際協力

世界最大のシリア難民キャンプ ザータリ難民キャンプ取材レポ

以前、「声なき声を届ける使命」の回で取り上げたNHKディレクターの斉藤勇城さん。その後、NHKの海外派遣制度を利用して、世界最大のシリア難民キャンプがあるヨルダンに半年間活動の拠点を移しました。
今年の秋にr-lib編集部が、その活動を現地取材してきた報告です。

Reported by r-lib editorial


斉藤さんが活動していた、世界最大のシリア難民キャンプであるザータリ難民キャンプ。ここでは約8万人の避難民が生活をしている。2013年の段階では20万人もこのキャンプに住んでいたというのだから驚きだ。

斉藤さんによるキャンプの解説の動画はこちら。







今回キャンプに入る許可が取れたので、斉藤さんに案内してもらいキャンプを視察した。

斉藤さんによると、「ここではあらゆるものが、外の世界と同じように商われています」という。



ただ、あまり人の姿が見えず、8万人も住んでいるという雰囲気は感じられない。「暑いから、昼間は家にいる人が多いのだと思います」と、斉藤さん。

確かに中東地域では、この季節に人々が活発に行動するのは日没後だ。しかしこのザータリ難民キャンプでの支援活動は日中に制限されているので、実際に多くの人々を目にする機会はなかった。

砂漠地帯特有の日差しの強さはあるものの、湿度が低いため、日陰にいれば日本の夏よりも快適に過ごせる。



斉藤さんがこのキャンプで行っていた「IN TRANSIT」というプロジェクトは、国際NGOであるJENの活動の一環だ。斉藤さんはNHKの海外派遣制度を利用して、JENのインターンとしてザータリ難民キャンプで活動していた。

IN TRANSIT」のスタッフは6名いて、全員シリア難民だ。これは職業訓練も兼ねているのだが、シリア難民でもあるスタッフが取材者となり、同じシリア難民を対象としたドキュメンタリー映像の制作を行っている。

ごく普通にシリアで生まれて、戦争に巻き込まれ、そして避難してきた人たちのライフストーリーを、1人ずつ丁寧にインタビューして映像に残していくというプロジェクトだ。

キャンプ内では平和に暮らすことが最も重要なので、対立を引き起こしかねない政治的な話題は避けられる傾向にあるという。



「その理由もあって、8万人もの人々が避難してきたのに、その体験はほとんど共有されてないように感じます。例えば、兵士に見つからないように、夜中に出発して明け方国境に着きましたとか、逃げる途中で戦車のタイヤ跡を見つけて恐怖でした、というような話をそれぞれたくさん持っているんです。また、隣のおばちゃんの荷物がすごくいっぱいあったから自分が2人分持って大変だったというような、ニュースとして取り上げられるような話ではないけれど、本人にとっては重要な記憶というものもあります。そういった1人1人のストーリーを拾っていくことはとても大切だと思っています」

話しにくいことを話してくれるのは、取材者も難民だからだろうか。人によっては、同じ境遇にいるからこそ胸の内を打ち明けてくれる人もいるし、斉藤さんのような人がいるからこそ、外の世界に「こんな思いをしてきたんだ」と伝えたい気持ちが炸裂する人もいるという。



「同じ戦争体験者から訊かれる時と、僕みたいに外部の人間から訊かれる時とでは、同じ質問でも答えが結構変わるんですよね。だから全然違う立場の2人が制作サイドにいることで、違う気持ちや、違う言葉を引き出せてる気がします。このギャップっていうのは面白いかもしれないですね」

一方で、最初の頃に苦労したのが、いわゆる「支援慣れ」した人たちとのやりとりだったという。ザータリ難民キャンプは、世界各国から支援が入っているため、例えば、「障害や病気の程度を実際よりはるかに重く見せようとしたり、なんとかして余分に何かを得ようとする人は少なからずいます…」と、やや口籠りつつも斉藤さんは説明してくれた。



「そんな中で、ドキュメンタリーを撮りますと宣伝しているわけですから、話を盛って盛って盛りまくる人とか、話を変えたりする人が多くて…それでスタッフを全員集めてミーティングをしました」

そこで伝えたのは「困っている人を取り上げたり、その人の情報を伝えるのは大事だけど、やっぱり僕らは騙されてはいけない。事実に基づいて作品を世に出していかなきゃいけないから注意してやろう」ということだった。

最終的に「撮影の準備もリサーチもして、いいところまで進んでても、もし事実と違ってると気づいたら勇気ある撤退をしよう」ということでスタッフみんなが同意した。

その結果、撮影の途中で疑念が生じて、制作を中止したり、編集段階で疑問がわいてきて、お蔵入りにした企画も何本かあるという。



「担当したスタッフも結構辛かったと思います。もう何十時間もかけて、準備して。でもそこはやっぱりやめようって、本人が言ったんですよ。僕じゃなくて。だから、結構凄いと思ったんですよ。僕がディレクターとしてまだ駆け出しの頃だったら、どう感じただろうと自問しましたね」

斉藤さんが蒔きつつある、映像のプロを育てる種は、確実にこの地に根付きつつある。

そうした苦労や想いが詰まった「IN TRANSIT」の中で、特に印象的だった回を尋ねると、斉藤さんは真っ先に「15歳の花嫁」と答えた。その回で取り上げたのは、ザータリ難民キャンプ内のサーカスでピエロをやっている20歳の女性だ。




「彼女は、朝からヨルダン国内の大学に通ってるんですね、EUからの支援を受けて。それで、午後はピエロの仕事もしているんです」

当時、斉藤さんの中には「アラブの女性はあまり外に出て活躍できない」という思い込みがあったという。それを覆すような彼女の生き方にとても興味を抱いた斉藤さんたちはインタビューをお願いした。

話しが進むうちに、彼女は「15歳で一回結婚して離婚してる」と言い出したという。

「それって逆算すると2011年なんですよね。だから、彼女にとって2011年というと、結婚と戦争勃発と離婚があった年なんですよ。紆余曲折を経て、今元気に生きて、大学も通って、おどけた表情もできる。そんな彼女をぜひ映像に撮りたいと思ったわけです」

しかしそこで、斉藤さんは一つの壁に突き当たる。

「アーリーマレッジ(ローティーン以下を対象とする早期婚)はアラブ世界で結構タブーなんですよね。結婚についての映像を作ることで、ザータリ難民キャンプのような狭い社会の中で、彼女が今後生きづらくならないか危惧しました。大学で陰口叩かれたり、再婚できなくなったりしないかなとか、とても心配したんです」

今明るくそう話すということは、そのインタビューは成功したと思っていいのだろうか、そう問うと斉藤さんは笑顔で答えた。

「映像を見た人の評判は勇気をもらったとか、彼女を応援するとか前向きな言葉が多くて、一安心でしたね」

斉藤さんはスタッフを育てつつ、斉藤さんもまた人々から育てられている。r-lib編集部はこれからも斉藤さんの活動を追い続けていこうと思います。




文 :r-lib編集部 H
写真:r-lib編集長 S



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斉藤 勇城

斉藤 勇城YUKI SAITO

PROFILE

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プロフィール/斉藤 勇城(さいとう・ゆうき)

1981年東京生まれ 横浜育ち
NHK文化・福祉番組部ディレクター
2006年NHK入局 高知放送局に配属 
2011年より紀行ドキュメンタリー番組「地球イチバン」制作班に所属


主な制作番組

NHKスペシャル「仁淀川 青の神秘」・新日本風土記「仁淀川」(2011-2012)
四川テレビ祭 自然・環境部門のアジアプロダクション賞
ABU賞 TV perspective award commendation賞
モンタナシネ国際フィルムフェスティバルHonorable Mentions for Cinematography
NHK技術選奨全国大会 最優秀賞
日本映画撮影監督協会賞(JSC賞)
第5回DEGアワード「ベスト高画質賞企画映像部門」ノミネート
平成23年度文化庁芸術祭参加
地球イチバン「世界最北の狩人 ポーラーイヌイット」(2013)
地球イチバン「戦乱前夜に咲いた花 地球でイチバン新しい国・南スーダン」(2014)
第51回ギャラクシー賞選奨
第9回UNHCR難民映画祭 オープニング上映
地球イチバン「世界最後の航海民族 中央カロリン諸島」(2014)

by r-lib編集部
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