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CONCEPT
これからのかっこいいライフスタイルには「社会のための何か」が入っている。社会のために何かするってそんなに特別なことじゃない。働いてても、学生でも、主婦でも日常の中でちょっとした貢献ってできるはず。これからはそんな生き方がかっこいい。r-libではそんなライフスタイルの参考になるようなロールモデルをレポーターたちが紹介していきます。
# 034
HIRONOBU KUBOTA
May 30, 2017

r-lib | r-lib編集部 × 久保田弘信 戦場ジャーナリストの後ろ姿 #2

GENRESArrow国際協力

戦場ジャーナリストの後ろ姿 #2

戦場ジャーナリストの久保田弘信さんが、友人のシリア難民に会いにオーストラリアに行くというので、10日間の密着取材をした。仕事に対する姿勢や、リラックスの仕方まで幅広くその哲学を垣間見る機会を得た。そして期せずして、戦場ジャーナリストに至る原点までを辿る旅となった。その貴重な時間を記した特別連載企画。

Reported by r-lib editorial


1日目


出発は夜遅くで、翌日は久保田さんの誕生日だった。だからいきなり旅の始まりの飛行機の上で、久保田さんは誕生日を迎えた。

年齢は非公表だ。日本で仕事をする上では、年齢の公表はいろいろとめんどくさいことが多いらしい。(もしかしたら永遠のアラサーとして女の子にモテたいだけなのかもしれないが・・・)

もちろん他人に対しても年齢で判断するようなことはしない。年齢や肩書きなどの属性はプロファイリングには有用かもしれないが、特に信頼できる人間を見分ける場合、意味をなさない。久保田さんと話していると、直接向き合って過ごした時間で人を見ているような気がするので、こういう情報は与えられても意味がないし、与えることもよくないと思っているのかもしれない。

だから、戦場を取材する際のガイドやコーディネーターは、そうやってできた信頼できる人間関係の筋からしか紹介してもらわないというやりかたを貫いている。金で雇った人は、金で裏切ることになるからだ。自分の命を預ける人間が、どんな人間か常に見抜かないといけない。


夕方にはオーストラリアに着いて、夕食に改めて誕生日を祝って初日のオーストラリアは終わった。





2日目


翌日は朝からブリスベン近郊の町、トゥーンバに向かった。友人のバシャールはそこに住んでいる。今回の同行の最大にして唯一の仕事は、2人の感動の再会シーンをビデオ撮影するということだった。再会シーンは自分では撮れないからというのが、僕が今回誘ってもらえた理由のひとつだった。ビデオカメラを渡されていよいよ撮影開始だ。

トゥーンバに着くと、バスターミナルにバシャールが迎えに来てくれるということだったが、バスの中からその姿は見えない。

念のためバスを降りるところからビデオを回すが、降りたあとも見当たらず、とりあえず荷物を受け取る。久保田さんがどこかに向かって歩いて行ったので、トイレでも行くのかな?と思っていたら遠くにバシャールらしき人物が!

慌てて追いかけて感動の瞬間を必死に撮影する。会った瞬間に抱き合って喜ぶ2人は、見ていて微笑ましい。これはきっといい絵になるだろう。いつかDVDに収録されるかもしれない。

が、慣れないそのビデオカメラの液晶には「スタンバイ」の文字が・・・

全身から血の気が引く・・・恐る恐る録画ボタンを押すと・・・録画が始まった・・・


なんで?なんで撮れてないの???やばいよやばいよ!!と、ここ数年思い出せないくらいに焦る。恐らくトイレに行くんだろうと思った瞬間に録画を停止したのだが、それと同時にバシャールに向かって行く久保田さんに気付いて慌てて追いついたので、停止してるという自覚がなかったらしい・・・そのせいで再会した瞬間の数秒を撮り逃してしまった(同時にさえ起きなければ気付いたのに!!)

バシャールとの挨拶もうわの空で、ひたすら謝罪して凹む。テイク2があるわけもないし、今回の取材でこの先これほどの感動のシーンもないはずなので、どう頑張ってもこのミスを取り返すことはできない。何しにオーストラリアまで来たんだろうとひたすら後悔するが、久保田さんは「誰でも最初はミスをするから」といって、このあり得ない凡ミスを責めることはしない。アドバイスとしては、こういうこともあるから常にカメラは回しておくこと、ということだった。そうは言ってくれるものの、旅の初っ端からいきなりとんでもないミスをしてしまったことに本当に凹む。

その後、バシャールの家に着くと、イラクに避難していた時と比べてとてもいい環境で生活しているということを、嬉々として説明するバシャールとそれを喜ぶ久保田さん。正直そんな光景を見れば見るほど、貴重な瞬間を撮り逃がしたことを悔やむばかり。そしてその瞬間を世界で自分しか見れなかったこと、これを誰にも共有できなくなってしまったことに責任を感じていた。





ここはもう、今病院に行ってるというバシャールの母親との再会に期待するしかない。もうそろそろ帰宅するらしいから、今度こそ感動の再会シーンをちゃんと撮ろう。聞くところによると、イラク避難当時、バシャールは全然英語が話せなくて、昔英語教師だったバシャールの母親が通訳していたらしいから、実際は母親の方が仲がいいのかもしれない、と期待する。

しかし、再会したバシャールの母親は拍子抜けするくらいにあっさりとした挨拶だった・・・というか、バシャールとの再会が盛り上がりすぎたので、そこまでではなかったというだけなのだが、邪な期待をしていた分がっかりしてしまった。

バシャールの母親は、女手一つで息子を育て上げたいわゆる肝っ玉母ちゃんみたいな人で、アラビア語は日本人が聞くと怒鳴っているような印象があるからそう思えるだけかもしれないが、物腰の柔らかいバシャールとは正反対の印象だ。母親の言うことに従順に従うバシャールをみると、どうしても映画でよく観るイタリア人の母と息子の関係を重ねてしまう。

イラクでの避難生活はとても大変だったが、ここではこんなにいい暮らしができているという、当時の思い出話を含めた会話で3人は盛り上がり、オーストラリアまで来た経緯や現状などを共有していた。オーストラリアに移住してから、まだ3ヶ月しか経っていないらしい。

この流れでいろんなことが聞き出せるんじゃないかと思ったが、久保田さんはあえて深くは突っ込まないし、基本的には親子がしゃべりたいようにしゃべらせている。掘り出せそうなポイントがたくさんあったので、もったいないような気もしたが、確かに来て早々そんな話を深くするのもナンセンスだから、落ち着いたらそういう話をするんだろうと思った。

そしてなぜか会話の流れの中で、久保田さんは毎回初めて行く国で散髪をするという話になり、着いたばかりなのにすぐに散髪に行くことになった。街中にでると、バシャールが明るくて社交的だと言うことがよくわかった。久保田さんによると、バシャールは全然英語が話せなかったイラクにいた時と比べると、今では信じられないくらい上達しているらしく、路上で歌ってるアーティストにも気軽に声をかけて仲良くなる。ノリが良くて社交的というのとは違い、爽やかにすっと懐に入ってきて距離感を縮めるタイプだ。この性格なら英語の上達も早いわけだ。バシャールも散髪して見違えるように若くなった。


(上写真:久保田弘信)




たまたまその外出中に、バシャールの知人で、同じように第三国定住しているというシリア人の男性と偶然会った。僕はアラビア語で「こんにちは」を意味する「アッサラーム・アレイクム」と挨拶をすると、突然その男性に「それはイスラム教徒が使う言葉だ!私はムスリムじゃない!クリスチャンだ!」と怒られてしまった。今まで中東でアラビア語を話す非イスラム教徒に使ってもそんな指摘されたことは一度もなかったのに、なぜかいきなり初対面で怒られてしまった。(後日、非イスラム教徒のシリア人に聞いたら、普通に使ってもいいし、別に怒るようなことじゃないとは言われたけど・・・)

しかしその時、不思議に思っていた久保田さんの言葉遣いの意味がわかった。久保田さんはずっと「マルハバ」という言葉で挨拶していたのだ。こちらはキリスト教徒でもOKな、より汎用性が高いアラビア語だ。僕は勝手な経験上「アッサラーム・アレイクム」のほうが現地人の受けが良かったので使い続けていたわけだが、確かに今回のようにシリア人とはいえクリスチャンなのかムスリムなのかがわからない段階では、無難に「マルハバ」というのが正解だったのだ。

僕はまたひとつミスをしてしまったと感じた。周囲にさざ波程度だが、悪影響を与えてしまったと。ささいなことだが、ここがもしシリアやイラクだったら何かが起きる原因になるかもしれない。そういう気付きを普段の環境で持てなければ、戦場に行く資格は無いと思う。

そのシリア人男性は、その後もシリア問題はイスラム教徒がめちゃくちゃにして、関係のない我々はとても迷惑だというようなことを言っていて、ムスリムを憎んでいるような印象を受けた。そのへんはバシャールとは正反対で、バシャールの人柄の良さが際立って見えた。そんなやりとりのあとでバシャールは彼を夕食に誘った。(僕は内心、ゲッこいつも来るのかよと思ったことは否定しない・・・)

もろもろミスが続く日だったので凹んでいると、久保田さんに「引きずると悪い運を呼び寄せるからやめたほうがいいよ」と忠告された。いかにも戦場ジャーナリストっぽいアドバイスだなぁと思いながらも、やはり反省は必要だと思うし、考え込んでいた。そして仕事をしにカフェに入ってメールのチェックをしたら、仕事上のとんでもないトラブルが日本で起きていることを知る。

「だから言ったじゃん。悪いことを呼び寄せるよって」と言われたが、これは既に日本で起きていたことで今自分が凹んでる影響はないですよ!と反論したが、恐ろしいまでにその予言が的中したのだった。




#フォトジャーナリスト・久保田弘信 公式ブログ



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久保田弘信

久保田弘信HIRONOBU KUBOTA

PROFILE

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岐阜県大垣市出身
大学で宇宙物理学を学ぶも、カメラマンの道へ。旅行雑誌の仕事を続ける中で、ストリートチルドレンや難民といった社会的弱者の存在に強く惹かれるようになる。1997年よりアフガニスタンへの取材を毎年行う。2001年のNYテロを契機に、本格的に戦地の報道に関わりはじめる。アフガニスタン・カンダハルでの取材や、イラク・バグダッドにおける戦火の中からの報道を通して、自らの想いを世界に発信し続けている。近年はシリアでの取材に力を注ぎ、また日本での講演活動も精力的に行っている。

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